障害年金の行方

あかんかもしれんな、ごめん、社労士さん。

そう思った。やはりwais受けたりしといた方が良かった、とも思った。障害年金通ったらそのお金で発達障害のちゃんとした診断を受けようと思った。自閉なんは分かりきっているが、診断があるかないかで多分この先も変わる。うつだけでは心許ない。

アンガーマネジメントが出来てしまうから急に他人を切り捨ててしまう、という記事を見てなるほどなと思った。

私はマネジメント出来ているのではなくその場では不快感を明確に覚えられず、時差が生じる為結果怒る機会を逃しているだけなのだが(そんな私を瞬間沸騰させた夫たるや、凄い才能だ)、今回のこどおじ無職との破談はそれであったように感じる。全てがプツリと途絶えたのだ。

彼が定期的に私にかけていた「お前は頑張ってて偉いよ」という「知ってるわお前に言われたかねぇ」という言葉も私への労いではなかったのだと今なら分かる。こどおじ無職に上から目線される私可哀想すぎて泣けてしまう、そんなに情けなく見えるか?

私は今まで彼に1度として「生きているのが辛い」などと言ったことはない。多分誰にもない。「今メンタルが不安定なんだ」と言ったこともない。

実際生きているのが辛いから自殺未遂しているし、メンタルが不安定になったりするからその度薬を調整したりするのだがわざわざ人に告げる必要も無いと思っている。こどおじが私に「今落ち込んでて」という度「で、なんなん」という感想しか無かった。他人はどうする事もできないし、他人がどうにかできるメンタルの問題なぞファッションメンヘラ、構って寂しいのという話である。

そもそも彼は私を鬱仲間扱いするが私は彼は適応障害こそあれど鬱だと感じない。こんなに他人に他責出来て毎日飯が美味くてぐっすり寝られて旅行に行きたくて仕方ない鬱なんていないと思う。ひきこもってもいないし、ただの自由な無職だ。私は抗うつ剤の服用で食事と血圧と心拍数を取り戻した。仲間ではないと思う。

「俺は働くのが向いてないんじゃなくて生きてるのが向いてないんや」

これに対して私は「じゃあ死んだら?」と言ったら「生きるし!」と言っていた。

ガチの鬱病によくもまぁそんな事が言えたもんだ。旅行が楽しくて仕方ないのに生きる事が難しいだなんてあるかよ。

つまりは私は「健常者ニートにコイツよりは人生マシだわ」と思われていたんだろう、こんな悔しい事があるだろうか。私はあまり悔しいという感情がわかないのだが、この恥辱にまみれた感情を生み出しているのは私たちがお互いに見下しあっていた証拠だ。もとから歪でしかなかったのだ。

 

年金、受かれば良いな…